Top / 観察会レポート / 平成27年4月26日(日)川崎市北部多摩丘陵
○川崎市北部の多摩丘陵を歩きました。木道の上からの快適な観察から、クモの巣だらけの森を藪こぎをしながらの観察までいろいろなところを見て回りました。今回のタイトル写真は、多摩丘陵にちなみ、タマノカンアオイ(Heterotropa muramatsui var. tamaensis)の花の写真です。
○クサソテツ
谷戸の湿地の脇で生育していました。川崎北部では民家の周辺に植えられることもあり、この個体も栽培されたものが逃げ出したものかもしれません。このあたりでは春の山菜として、民家の周辺等に植えられることもあり、この近隣で栽培された個体の胞子から繁殖したものかもしれません。
クサソテツ(上左、上右)
○ハシゴシダ
ハシゴシダは乾燥気味の所に生えるので少し埃っぽいイメージがありますが、新芽の頃は葉柄が黒く、若葉の緑と美しいコントラストをなしていました。
ハシゴシダ、新芽
○2種類のオニヤブソテツの仲間
今回の観察地では2種類のtypeのオニヤブソテツを観察しました。どちらも石垣や石組みに生育していました。
①オニヤブソテツ薄葉type
特徴:葉身上部の羽片基部は心形で葉はそれほど厚くないtype。新芽の葉の表面は有毛。羽片の先には鋸歯が目立つ。
アイオニヤブソテツ Cyrtomium devexiscapulae (Koidz.) Ching x C. falcatum (L.f.) C.Presl subsp. falcatum (オニヤブソテツとナガバヤブソテツの雑種)ということも考えられる。
オニヤブソテツ薄葉type
オニヤブソテツ薄葉type、葉身下部羽片
オニヤブソテツ薄葉type、葉身先端付近羽片
②オニヤブソテツ厚葉type
特徴:葉身上部の羽片基部は心形(腎形)で葉は厚いtype。新芽の葉の表面は無毛か短い毛。羽片の先は鎌形でシャープに尖る。全体が小形であるところや葉が厚いところは海水の飛沫がかかるようなところに生育するヒメオニヤブソテツにも似ている。
アツバオニヤブソテツCyrtomium falcatum subsp. littorale x subsp. falcatum(オニヤブソテツとヒメオニヤブソテツの雑種)ということも考えられる。2015年5月21日
オニヤブソテツ厚葉type
オニヤブソテツ厚葉type、羽片の厚み
オニヤブソテツ厚葉type、新芽
○アイトキワトラノオ(トキワトラノオ×コバノヒノキシダ)
川崎北部のホームページではトキワトラノオとして以前から紹介していましたが、アイトキワトラノオ(トキワトラノオとコバノヒノキシダの雑種と推定される)に訂正いたします。2015年5月13日削除。この生育地にはていねいに探せばトキワトラノオも生育していると思いますが、今回観察した複数の個体では、1つの株からトキワトラノオと思われる葉とアイトキワトラノオの葉の両方をつけていました。石垣の中を詳しく観察するわけにはいきませんが同一の株から生育しているものと思われます。
アイトキワトラノオ(上左)
アイトキワトラノオの葉とトキワトラノオ似の葉をつける株(上右)
裂片の先端が鋭頭でトキワトラノオ似の葉をつける(上左)
裂片の先端が鈍頭(上右)
標本2 アイトキワトラノオ(トキワトラノオ×コバノヒノキシダ)
アイトキワトラノオ
アイトキワトラノオ似の葉(上左)
トキワトラノオ似の葉(上右)
アイトキワトラノオの最下羽片(上左)
トキワトラノオ似の最下羽片(上右)
○ムサシシケシダ
周辺の林縁にはシケシダ、林縁から続く林内にはセイタカシケシダが群生、そのような環境で見られました。葉はセイタカシケシダのように幅広なのですが、葉の色は白緑色のセイタカシケシダにくらべ、緑色が勝っています。葉柄基部の鱗片や毛の少ないです。胞子のう群葉まだ未熟なため、改めて観察する必要があると思います。ムサシシケシダであるならば包膜は有毛であると思われます。
ムサシシケシダ
○アスカイノデ
葉柄基部の鱗片に色が濃いアスカイノデがしばしば見られ、最初はオオタニイノデではないかとも疑いましたが、その後典型的なオオタニイノデを観察することができ、「鱗片に色が濃いアスカイノデ」とすることができました。
○オオタニイノデ
オオタニイノデの葉柄基部の鱗片は披針形、栗色で辺縁が淡色、多少ねじれる程度。葉身は細身でアイアスカイノデの特徴が現れる。新葉の先端(胞子のう群芽ついている部分)がいくつか枯れていた。
○ドウリョウイノデ
観察された個体は1mを超える大型、葉柄基部の鱗片は幅が広く卵状披針形、先端部に栗色が入る(栗色が全く見られない個体もある)。新葉を展開したばかりなのに葉の先端(胞子のう群芽ついている部分)は枯れていた。
○インノオクマワラビ(オクマワラビ×オオベニシダ)
最下羽片が発達するアイノコクマワラビ(オクマワラビ×クマワラビ)の可能性も考えられます。引き続き観察していきたいと思います。2015年5月8日
今まで名前だけしか知らなかったシダです。遠くから見るだけだと細身の葉身を立ち上げるオクマワラビかなと思って通り過ぎてしまうところでした。各羽片は水平気味に広げ、階段状になります。鱗片はやや膜質で、明るい黒褐色で辺縁には鋸歯が目立ちます。最下羽片下側小羽片が発達し、中~浅裂する。葉を叢生させ、葉身は立ち上がり葉身の形は下部が広い披針形です。下部の羽片は基部が幅の広い三角形になります。ただ小羽片の表面の葉脈の窪みや裂片の先端の尖り具合はクマワラビの特徴のようにも見えました。胞子のう群は葉身の上から3/4~4/5くらいまでたくさん付いていました。2株生育。
インノオクマワラビ(上左、上右)
インノオクマワラビ、葉柄下部の鱗片(上左)
インノオクマワラビ、葉柄下部の鱗片(上右)
インノオクマワラビ、葉柄の鱗片(上左)
インノオクマワラビ、葉柄の鱗片(上右)
インノオクマワラビ、葉身(上左)
インノオクマワラビ、そばに生えるもう1つの株の葉身(上右)
インノオクマワラビ、下部羽片(上左)
インノオクマワラビ、最下羽片(上右)
インノオクマワラビ、下部羽片の葉脈(上左)
インノオクマワラビ、上部羽片の葉脈(上右)
インノオクマワラビ、胞子のう群(上左)
インノオクマワラビ、包膜(上右)
○イセザキトラノオ(クモノスシダ×コバノヒノキシダ)
同行の方に教えていただきました。貴重なシダなので、採取は控えていただきたいと思います。
イセザキトラノオ(上左、上右)
○ミズニラ
元水田だったところや湿地にはミズニラが元気よく育っていました。川崎では田んぼは急激に減ってしまったので公園内でかろうじて生き残っているのはありがたいです。
ミズニラ(上左、上右)
○イヌスギナ
森林公園のイヌスギナは、側枝の第1関節が袴と同長かやや長い程度で不思議なイヌスギナです。普通のイヌスギナは側枝の第1関節が袴より短く、スギナは側枝の第1関節が袴よりはるかに長い。このイヌスギナは公園が現在のように整備される以前は生育していませんでした。
イヌスギナ
○マルバベニシダ
マルバベニシダはころどころで観察されました。ベニシダの中にはマルバベニシダかどうか迷う個体も見られますが、区別点は①包膜が中肋のそばに沿ってつく。②葉柄下部の鱗片は黄褐色~赤褐色で光沢があり披針形でまっすぐ伸びる。
○ホソバナライシダとナンゴクナライシダの分布
ホソバナライシダを観察しました。ナンゴクナライシダにくらべると、葉柄には鱗片が多いですが葉の表面には毛はほとんど生えていません。一般的にホソバナライシダはナンゴクナライシダにくらべ、より冷涼地・より標高の高いところに生育していますが、このあたり(関東地方西南部)では両種がミックスあるいは標高においては逆転している場合も見受けられます。標高の低い川崎や横浜の森でホソバナライシダが生育している理由として考えられることは、もともとこの辺りは薪炭林で冬季は地表の温度が下がることが考えられる(多少の針葉樹林があってもその影響を受ける)。それにくらべて奥多摩や箱根など標高が高くても針葉樹などがしっかり覆っている森は林床の温度は冬季でも意外と暖かくナンゴクナライシダが生育できているのではないかと思います。
○サイゴクベニシダ
乾燥気味の山道沿いの土手に生育していました。上部は夏緑広葉樹に覆われた片側が開けた明るい林縁。特徴的な黄褐色~赤褐色の鱗片を密に付けた新芽を伸ばしていました。
サイゴクベニシダ
サイゴクベニシダ、葉柄基部の鱗片
サイゴクベニシダ、葉柄下部の鱗片
新百合ヶ丘駅前の万福寺鎌倉古道の森のシダ
○今は失われた新百合ヶ丘駅前の万福寺鎌倉古道の森から移植されたイワヘゴ・キヨスミヒメワラビ・ホソバイヌワラビは、今も元気よく生育していることが確認できました。
新百合ヶ丘万福寺鎌倉古道の森は現在は郵便局やマンション群に代わっています。この森は関東では数少ないホソバイヌワラビが繁茂する森でした。原始的な照葉樹林と谷全体を樹齢を経たスギ植林が覆うミウライノデ、ドウリョウイノデ、オオタニイノデなどイノデ類を中心としたシダ谷でした。この森はそのほかホソバトウゲシバ、ナガホノナツノハナワラビ、ウラジロ、オウレンシダ、ミツデウラボシなども観察される森でした。しかし、都会の周辺の森ということもあり、残念ながら住宅地に変貌してしまいました。このことは、今もいろいろなところで行われていることです。
ホソバイヌワラビ
ホソバイヌワラビ、羽軸、小羽軸上の刺
○ミサキカグマ
明るい林縁の土手にミサキカグマが生育していました。大きな個体では葉は30㎝以上あり、周辺にはかわいらしい個体がたくさん見られました。
ミサキカグマ
○ヒメイタチシダ
最下羽片下側小羽片が発達し葉身が五角形気味の典型的な形の個体が何株か観察できました。新芽は鮮緑色でオオイタチシダの仲間のように色を帯びることはありませんでした。
ヒメイタチシダ
ヒメイタチシダ、葉柄下部の鱗片(上左)
ヒメイタチシダ、最下羽片(上右)
○クモノスシダ
最初に観察したころ(20数年前)は、数えるほどしか生育していませんでした。生育地を覆う樹木が成長したこともあると思いますがだんだんと繁殖域を広げ、今は広範囲に繁殖しています。
○アマクサシダ
同行の方が話されていましたが、温暖化の影響によるのか最近、出現数が増えているそうです。この場所では成長した株が2~3株見られるだけですが、長く生育しています。
○キノクニベニシダ
この季節、展開したての新葉は葉柄が赤く、明るい黄緑色の羽片を左右に水平の開出して付けています。包膜は紅色です。最下羽片下側小羽片はやや発達します。トウゴクシダに似ていますが、トウゴクシダは葉身中~上部では上向きに角度をつけて羽片を付けます。
キノクニベニシダ
キノクニベニシダ、葉柄下部の鱗片
○コヒロハハナヤスリ
生育地はずっと以前に教えていただきました。生垣の植え込みの下で元気よく生育しています。
○ホソバトウゲシバ
乾燥気味に見える生垣の植え込みの下で観察されました。一般にホソバトウゲシバは安定した森の指標になるシダだと思われていますが、意外なところで観察することができました。
駅のホーム(橋本、小田原駅)などでときどき見られることですが、多くの種子植物が嫌がる(生きていけない)ような環境にもシダの仲間が元気よく生育していることがあります。繁殖の速さはどのくらいかわかりませんが、多くの種子植物に無い強さを感じることができます。
ホソバトウゲシバ(上左)
ホソバトウゲシバ、羽片(上右)
番外 印象的な花々
○ヒメウツギの密を吸うアオバセセリ
ヒメウツギが満開でこの森で育ったと思われるアオバセセリが吸密に訪れていました。写真をとっている方からお話を伺うと、毎年この季節にこの花を訪れるそうです。※アオバセセリの画像は同行の方から頂きました。
ヒメウツギ(上左)
ヒメウツギで吸密するアオバセセリ(上右)
○タマノカンアオイ
今回歩いた川崎北部の多摩丘陵を歩きましたが、タマノカンアオイが見られました。ちょうど花の季節なので区別が簡単にできました。他の地域ではカントウカンアオイがよく見られますが、棲み分けがおもしろいです。
タマノカンアオイ(上左)
タマノカンアオイ、花(上右)
○アミガサタケ
生垣の植え込みの下など乾燥気味のところで5~6本観察されました。
アミガサタケ
今回観察されたシダ
ヒカゲノカズラ科 | ナンカクラン属 | ホソバトウゲシバ |
イワヒバ科 | イワヒバ属 | コンテリクラマゴケ |
ミズニラ科 | ミズニラ属 | ミズニラ |
トクサ科 | トクサ属 | スギナイヌスギナ |
ハナヤスリ科 | ハナワラビ属 | オオハナワラビフユノハナワラビコヒロハハナヤスリ |
ゼンマイ科 | ゼンマイ属 | ゼンマイ |
カニクサ科 | カニクサ属 | カニクサ |
ホングウシダ科 | ホラシノブ属 | ホラシノブ |
コバノイシカグマ科 | コバノイシカグマ属 | イヌシダ |
フモトシダ属 | フモトシダ | |
ワラビ属 | ワラビ | |
イノモトソウ科 | イワガネゼンマイ属 | イワガネソウ/イワガネゼンマイ |
タチシノブ属 | タチシノブ | |
イノモトソウ属 | イノモトソウ/オオバノイノモトソウ/アマクサシダ | |
チャセンシダ科 | チャセンシダ属 | コバノヒノキシダ/トキワトラノオ/トラノオシダ/クモノスシダ/アイトキワトラノオ |
ヒメシダ科 | ミゾシダ属 | ミゾシダ |
ヒメシダ属 | ゲジゲジシダ/ヤワラシダ/ヒメワラビ/ミドリヒメワラビ/ハリガネワラビ/ハシゴシダホシダ | |
コウヤワラビ科 | クサソテツ属 | クサソテツ |
コウヤワラビ属 | コウヤワラビ/クサソテツ | |
イヌガンソク属 | イヌガンソク | |
シシガシラ科 | コモチシダ属 | コモチシダ |
メシダ科 | ウラボシノコギリシダ属 | イヌワラビニシキシダ |
メシダ属 | ヤマイヌワラビ/ホソバイヌワラビ' | |
オオシケシダ属 | ホソバシケシダ/セイタカシケシダ/シケシダ/ムサシシケシダ | |
オシダ科 | ヤブソテツ属 | 'テリハヤブソテツ/ヤマヤブソテツ/オニヤブソテツ/ナガバヤブソテツ |
イノデ属 | イノデ/アスカイノデ/アイアスカイノデ/サカゲイノデ/ジュウモンジシダ/ドウリョウイノデ/オオタニイノデ | |
カナワラビ属 | リョウメンシダ/オニカナワラビ/ホソバナライシダ | |
オシダ属 | イワヘゴ/オクマワラビ/クマワラビ/アイノコクマワラビ/ミサキカグマ/ヤマイタチシダ/ヒメイタチシダ/オオイタチシダtype1/オオイタチシダtype2/ベニシダ/キノクニベニシダ/トウゴクシダ/サイコクベニシダ/マルバベニシダ/オオベニシダ/キヨスミヒメワラビ/インノオクマワラビ | |
ウラボシ科 | ノキシノブ属 | ノキシノブ |
おわりに
今回は東高根森林公園、緑ヶ丘霊園、生田緑地の森などを中心にシダを観察しましたが、公園は誰もが観察しやすい反面、草刈りなどの公園整備や心無い採取により貴重な植物が失われてしまう可能性が高いと思われます。これからも長く沢山の人がいろいろなシダを手軽に観察でき、興味を持てるように、適切な保護や紹介がなされればよいと願っています。